第40回 日本医療福祉設備学会 in 東京ビッグサイト
2011年11月9日〜11月10日
抄録 「ホスピタルアート その目的と役割」
この12年間の取り組み
稲田 恵子
めざましい医療の進歩により多くの生命が救われている。その進歩はこれからも加速度を増し、神の域に近づくのではないかとさえ感じる。しかしその技術と機能優先のなかにあって、置き去りになっている大切な部分に人々は気づき始めた。太古の昔、患部に手を当て、絵を描き、花を飾って、回復を願い、ひたすら祈ったあの素朴な行為は人と人を〝気持ち〟でつなぐ治療法として存在していた。今、最新の医療現場において、この原始的と思える〝ふれあい〟が患者側、医療側の双方から求める声があり、厳しい状況であるほどその必要性が高くなると認識されはじめ、ホスピタルアートが時を経て新たにスタートをきった。
現代の〝ふれあい〟は、色、形、音、香り、光などを用いたアートがその役目を引き受け、人間の五感に適度な刺激を与え、対話を生み、生きることへの前向きな姿勢を整える〝手当〟として動き出した。院内の壁面を使うウォールペイントは、見飽きない絵本のような物語を展開したり、形はあるが心理的には抽象的な色彩画であったり、また患者とその家族が筆を持ち描くライブペイントの場合もある。いずれも不安と苦痛の緩和を図り、アートとの共存はみずからを癒していく強さを生み出している。また回路になっている病室の廊下の壁面に、春夏秋冬の草花や小さな虫、動物などを描き、1階から7階までの病棟を〝てくてく〟と名付けた散歩道にし、MAPを作成し、ベッドの上でもその散策を楽しむ提案をした。これは患者のみならず看護士たちへの職場改善にもつながった。
そして霊安室。人は深い悲しみであればあるほどその時の周辺の様子までも嘆きとともに鮮明にそして克明に覚えている。病院内の最終章(Epilogue)として花を手向けて哀悼と敬意を表す霊安室の見直しが「祈り」を問われている今だからこそ必要になってきた。和紙でプリントした蓮の花のフォト、または古代文字のカリグラフィーで設えた空間でのお見送りは、短時間でも意義深いものとなっている。
より積極的なホスピタルアートは、独立行政法人広島西医療センター 認知症専門医 片山医師と、シャープ(株)との三者による共同研究として、認知症のアルツハイマー病患者を対象に、研究1:AD(Alzheimer Dementia)患者とその家族にとって概念と色の関係、研究2:色彩照明のもとで、彼らがどのように感じるかを探索した。(対象者数 AD患者26名、付添い家族31名)
その結果、色が何を象徴しているかは更なる研究が必要だが、患者と家族(介護人)とのコミュニケーションツールとしてピンクの室内照明は初期のAD患者にとっては心地よくさせ、なめらかな会話が生まれた。満開の桜の下をイメージし調光したピンクの照明は、日本人独自の文化である花見の宴につながり、ほんのりと紅潮した顔の色が幸せな気持ちを呼び起こすのかもしれない。
ホスピタルアートは、その効果の数値価が困難な分野ではあるが、病人としてでなく、一人の生活者への生きることの応援メッセージであると確信している。